新・ぜんそく力な日常

51歳で発達障害と診断された男の日常

転校初日にゲ○吐いて一週間休んだ僕

前回の続きです。

精神科を受診する際の参考資料として、僕の子供の頃の記録や通知表を確認していました。

保育園児の頃の『親と先生のやりとり帳』は確認した。

次は小学生の頃の通知表だ…

通知表の担任の先生のコメント欄には、6年間を通して共通の事が書かれていた。

それは…

道具箱の中が汚い!

僕は子供の頃から整理整頓が苦手で、道具箱の中はいつもグチャグチャになっていた。

いらないゴミや家に持ち帰り忘れた手紙とかで溢れ返っていたのだ。

そして毎回道具箱の検査で先生に怒られていた。

今でも自分の出かける時用のバッグや、自分の私物スペース、持病の薬スペースなどもゴミやレシートやら、色んな物で溢れ返っているのだ…💧

そして先生のコメント欄には、給食を食べるのが遅い事も書かれていた。

前回の保育園の頃でもそうだったが、とにかく僕は偏食少食だったのだ。

いやさらにもっと前…

赤ちゃんの頃から、母乳もミルクもなかなか飲まない、離乳食も食べない。

記憶にあるが、幼い頃の朝食は毎日"ジョア"1本だった!

だから体も小さくガリガリな子供だった…

そんな僕が給食なんて食べる訳がない!

小学校低・中学年の頃は給食を残しても平気だったのだが、5・6年生の時の担任の先生は、給食を残すの禁止な先生だったのだ!

なのでほとんど毎日の様に昼休みは給食で潰れ、時には5時間目の授業まで食べていた事もあった。

そして通知表で何より目を引くのが、僕の 欠席の多さである!

僕は喘息の持病があって、小学校に入ったばかりの頃が一番酷くて、かなり休んでいたのは事実だが…

その他にも学校で嫌な事があったりすると、それで仮病やら精神的に体調が悪くなって学校を休んでいたのだ。

一番精神的に具合いが悪くなったのは、小学3年生の頃。

当時、親の都合で夏休みに都心から郊外に引っ越ししたのだ。

2学期の始業式に体育館で、全児童の前で転校生の紹介があると知り、めちゃくちゃ緊張した僕…

全児童約1500人の前でステージに立ち、心臓はドキドキ足はガクガク…

名前を呼ばれて一礼をし一言 「よろしくお願いします。」 と、何とか無事に言えたのだが、問題は教室に行ってからだ!

教室でも無事に挨拶出来、自分の席に着いたのだが、知ってる人は誰もいない緊張感から思いっきりゲ○ってしまい、ゲ○だらけの状態でそのまま早退!

そして高熱も出てしまい、その後一週間も休んでしまったのだ!

その他にも3・4年生の頃はイジメが酷くて学校に行くのが嫌で休んだり、さっきの給食の話に戻るが、あの時間が苦痛で時には本当に具合悪く、時には仮病を使ってあの手この手で休んでいたのだ。

少しでも熱を上げようと体温計を押し付けすぎてへし折った事も…💧

そんな感じで特に5・6年生の頃なんかは年間で7〜80日くらい欠席していたのだ。

今思うとこういう所も発達障害のせいなのかな…

次は中学・高校の頃の成績表だ…

…続く。

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